現在9歳になる娘ですが、日々サッカーに情熱を注いでいます。
今回、地元のサッカーチームから名門の「Dukla(FK Dukla Praha)」へ本移籍させようと奮闘しているのですが、これがチェコサッカー界のシステムと、大人の事情が絡み合ったちょっとした騒動になっています。
そもそも、この2つのチームにはそもそも大きな「レベルの差」があります。
地元のチームの特に小さい子供たちはいわゆる「近所の子どもたちが集まって楽しくボールを蹴る」ようなローカルな地域クラブな存在です。
対するDukla(デュクラ)は、チェコのトップリーグにも所属する歴史ある名門クラブの育成組織です。設備も環境もコーチ陣の質も本格的で、目指すレベルや競技としての本気度が根本から違います。
例えるなら「地元の仲良しスポーツ少年団」から「プロのジュニアユース組織」へステップアップするようなもの。
「そんなレベルの違う世界に、どうして最初から入らなかったのか?」というと、
まず6歳の娘がサッカーを好きになれるかどうか?家から練習場に簡単に通えるか?
そう言った理由でほとんどの方が地元サッカーチームからスタートします。
そして、我が地元チームで教えているコーチが、なんとDuklaのコーチも兼任していたのです。
入部する際、そのコーチから「僕がDuklaのコーチもやってるから、将来Duklaに行きたくなった時もパイプがあるから割と簡単に移籍できるよ!」と聞いていました。
「それなら、まずは地元のチームで基礎を磨いて、もし娘に才能があるならばタイミングを見てDuklaへステップアップすればいいか!」
と安心し、6歳の頃から地元のチームに登録してサッカー生活をスタートさせた……というのが始まりでした。
ところが、実際にプレイし続けてみると大問題が発生。
まず、地元チームの娘の年代には、女子がひとりもいないこと。(唯一の女の子もやめてしまって。。。) さらに、今の地元チームのU9のコーチが地元コーチの息子になり、どうもその方が娘と全然合わない。というか、コーチに向いてない。。。。
当然、娘自身も地元チームに行きたがらなくなり、ちょうどその時にDuklaへの
移籍をすでに考えていた旦那が女の子がいるDuklaを試したいか聞いたところ
「女の子がいるチームでやりたい。Duklaに行きたい!」
というのでスカウトを待つのではなく、自分からDuklaに連絡してテストに直接乗り込み、
結果は見事、チームへの受け入れが決定!
Dukla側はすごくいい感じに受け入れてくれて、すでに非公式のトーナメントなんかには結構既に参加させてもらっていますし、娘もイキイキとプレイしています。
……で、めでたしめでたし、となれば良かったのですが。。。。。
問題は「来季からの正式移籍」の話を地元チームのコーチにした時のことです。 「簡単に移籍できるって言ってたし〜」と楽観視していたら、なぜか地元のコーチから全力で移籍を反対されるという謎展開に。
「え!!!」と頭を抱えたのですが、調べれば調べるほど、この理不尽な反対の裏には「スポーツ界ならではの生々しすぎるお金の事情」が隠れていたのです。
そう、原因は「移籍金(育成補償金)」。
チェコサッカー協会の規定を調べてみて納得しました。
実は、娘の今の年代(9歳 / U9)で移籍した場合、協会規定上の移籍金は「0コルナ(完全無料)」なんです。
そう、「今」移籍されたら、地元クラブには1CZKも入ってこないのです。
ですが、もしこのまま10歳(U10)まで引き留めてから移籍させたとすると…… 6歳から4年間所属した実績により、規定上「6,000コルナ(約4万5千円)」の補償金が地元クラブに入るそうです。
さらに、もし12歳(U12)まで囲い込むことができれば、年代ランクが一気に跳ね上がり、なんと「30,000コルナ(約20万円)〜」という大金がクラブに入るシステムになっているそうです。
小さなローカルクラブにとって、数千〜数万コルナというお金は、備品を買ったりクラブの飲み代や遠征費に充てられる大きな財源。
つまり、地元コーチ(クラブ)の本音はきっとこうです。
「今タダで手放すなんて勿体なさすぎる!あと1〜2年手元に置いて成長させて移籍金が発生するようになってからDuklaに売り出せば、うちのクラブにお金が入るのに……!」
という、なんとも大人都合な事情があるそうです。
ちなみに我が家の夫は、専攻がサッカーのスポーツ学校出身。18歳までフラデツ地域にあったあの名門スパルタ系列の下部組織(育成チーム)でガチでプレイしていた経験者です。
チェコサッカー界の育成システムを知り尽くしているはずの夫も、この「金銭的な絡み」は知らなかったようで開いた口が塞がらない様子で呆れ果てていました。
「女子がひとりもいない」「本人が今の環境を嫌がっている」「合わないコーチのもとで我慢させられる」という、6歳から頑張ってきた子供の気持ちや成長なんて二の次。
自分たちの都合で阻止しようとしているわけです。
(「移籍も簡単だよ」って言っていたあの口はどこへ行ったのか……)
とはいえ、正式な登録はまだ地元チームに残っているものの、Dukla側は娘を暖かく受け入れてくれていて、非公式戦でもしっかり実績と経験を積み重ねています。
それに9歳(U9年代以下)の移籍において、移籍元の地元チームの同意(Souhlas mateřského klubu)は一切不要。
チェコ協会の規程上、6月に設けられている公式の「移籍期間(přestupní termín)」内に申請すれば、元クラブの同意がなくても無条件で自由移籍(Volný přestup)ができる仕組みになっています。
正式な移籍手続きの完全決着まではもう少し大人たちのバトルが続きそうです。。。。
・・・・DUKLAの歴史と由来・・・
チェコのスポーツ界、とりわけサッカーの「FK Dukla Praha(FKドゥクラ・プラハ)」などで広く知られる「Dukla」という名称ですが、そのルーツは単なる地域名やクラブ名にとどまらず、近代チェコスロバキアの歴史的背景に深く根ざしています。
1. 地理的・歴史的背景:「ドゥクラ峠の戦い」
「Dukla」の語源は、現在のポーランドとスロバキアの国境に位置するカルパチア山脈の難所「ドゥクラ峠(Dukelský průsmyk)」にあります。
第二次世界大戦末期の1944年9月から11月にかけて、ナチス・ドイツ占領下にあったチェコスロバキアを解放するため、赤軍(ソ連軍)および第1チェコスロバキア軍団による大規模な突破作戦が展開されました。これが歴史に名高い「ドゥクラ峠の戦い」です。両陣営合わせて数万人の死傷者を出す非常に凄惨な地上戦となりましたが、チェコスロバキア解放への重要な足がかりとなったことから、戦後は「祖国解放の象徴」として歴史的に重要な意味を持つこととなりました。
2. 軍事スポーツクラブとしてのブランド化
大戦後、共産主義体制下のチェコスロバキアにおいて、軍(陸軍)が設立した中央軍事スポーツクラブ(ATK)は、この歴史的戦勝地および兵士たちの献身を称え、1950年代半ばに「Dukla」へと改称されました。
FK Dukla Praha(サッカー): かつて国内リーグを11度制覇し、欧州カップ戦でも実績を残した名門クラブ。
HC Dukla Jihlava(アイスホッケー) や Dukla Banská Bystrica(スロバキア・サッカー) など、軍の傘下に置かれた各地のスポーツ組織にも同様にこの名が冠されました。
総括
現在チェコ国内で見られる「Dukla」という名は、「第二次世界大戦における祖国解放の戦史」と「旧国軍系スポーツクラブの栄光の伝統」を現代に伝える、歴史的重みを持った名称です。


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