ラハの郊外へ出かけると、一面の菜の花が満開を迎えていました。
今年は少し肌寒い日が続いていたせいか
例年よりも遅め。
ゴールデンウィークを過ぎた5月の半ばになって
ようやく見頃になりました。
こっちの菜の花畑は、とにかく規模が違います。
近くに干した洗濯物が、菜の花の花粉で黄色くなってしまうほど
見渡す限りの黄色い絨毯が広がっているのです。
ちなみに、この見渡す限りの菜の花畑。 現地では「ジェプカ(Řepka)」と呼ばれていて、チェコの春の風物詩なのですが、実はこれ、単に「綺麗だね〜」と眺めるためのものではありません。
チェコの農業を支える、ものすごく実利的な作物なのです。
主な用途は、バイオ燃料(ディーゼル車に混ぜるやつ)や
スーパーでもよく見る菜種油。
そして、あの広大な畑は、同じ場所に毎年植えられているわけではなく
「転作(輪作)」をされているのだそうです。
小麦ばかりを植えていると土が痩せてしまうので
数年に一度、この菜の花を挟む。
菜の花の太い根っこが、硬くなった土を深くからガツガツと砕いて
空気を含ませてくれるおかげで
畑が自然とフカフカにリフレッシュされるのだとか。
いわば、天然の耕運機。
「今年はあっちの丘が黄色いな」 「去年は小麦だったのに、今年は菜の花か」
なんて景色が変わるのは
農家さんたちが計画的に土を休ませている証拠なんですね。
チェコの大地を健康に保つための、大事なバトンリレー。
そう聞くと、あの圧倒的な景色のありがたみも増すというものです。
……まぁ、そうは言っても
近くに干した洗濯物が花粉で真っ黄色に染まるし
鼻はむずかゆい。(笑)。
そんな菜の花が揺れる5月、私はまたひとつ歳を重ね
誕生日を迎えました。
今年は、いつもなら自然合宿と重なって家を留守にしているはずの娘が
私のそばにいてくれました。
平日だったのであまりこれといったこともしてないですが
旦那は珍しく言う前に花を買い
忙しい隙間時間でランチに連れ出してくれました。
賑やかで、愛おしい誕生日。
そして今年は、私にとって少し特別な年でもあります。
若くして亡くなった、私の兄の年齢を、私が追い越していく年。
私の誕生日の3日後が兄の命日です。
年の離れた兄でした。
ものすごく仲が良かったというわけでもないけれど
若すぎる兄弟の死は、時間が経ってもなかなかに辛いものです。
親の死は年齢的なものとして受け入れられても、
兄弟の死は、なんだか「自分の半分が死んでしまった」ような
そんな感覚がずっと消えません。
兄が過ごすことのできなかったこれからの年月を
私が一歩ずつ歩んでいく。
それはどこか不思議で、少し厳かな気持ちにもなります。
冷たいプールで熱を出して帰ってきた娘の賑やかな声を聞いたり
日々の通勤途中のバスの窓の外の圧倒的な黄色い菜の花を眺める。
お兄ちゃんが味合えなかったこの世界の続きを
私は娘と一緒に大切に歩いていこう。
そんなことを静かに想った、今年の5月でした。

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