久々のプラハ城とムハ

先日のことですが、久しぶりにプラハの街をじっくり歩いてきました。
今年のチェコの冬は本当に長かったですよね。
ずっとどんより寒くて「春はどこに行った?」状態だったのに
今週に入った途端に急に夏日が到来しました。
というか、夏日を通り越してもはや猛暑です。
体がまだ暑さに慣れていなくて、普通に歩くだけで干からびそう(笑)。








今回は定番の観光ルート、カレル橋からプラハ城をぐるっと行ってきました。
その途中で、昔よく行ったお気に入りのカフェに久々に立ち寄ってみました。
頼んだのは、大好きなスモークサーモンのサラダです。
ここ、オープンしたばかりのころは、
いつ行っても大繁盛で席を探すのも大変な人気店だったんです。
それが、行ってみてびっくり。お昼時だというのに、店内はガラガラでした。



時代の流れなのか、それとも物価高の影響なのか。
美味しかった思い出のお店が静まり返っているのを見るのは
なんだか少し寂しいものですね(サラダは相変わらず美味しかったけれど!)。


そして、そのまま坂を上ってプラハ城へ。

そういえば最近、ニュースで「世界であまり面白くないお城ランキング」の第2位に、なんとプラハ城が選ばれてしまったという、ちょっと悲しい(でもリアルな)話題を見かけました。

理由はやっぱり、「チケットが高すぎるから」だとか。確かに、最近のプラハの観光地価格の跳ね上がり方は、在住者から見ても「うわぁ……」となるレベル。気軽にお城の中に入るのは、ちょっと躊躇しちゃいますよね。

お城自体はそんな不名誉な言われ方をしちゃっていますが、それでもやっぱり、ここに来たら絶対にスルーできない場所があります。

それが、聖ヴィート大聖堂。

有料チケットが高かろうが何だろうが、あの中にある「ムハ(ミュシャ)のステンドグラス」だけは、何度見ても鳥肌が立つほど美しいし、見ないわけにはいきません。猛暑の中、大聖堂のひんやりした空気の中で見上げるステンドグラスの光は、やっぱり格別でした。

ところで、私たち日本人はどうしてこんなにムハが好きなんだろう?って不思議に思ったことはありませんか? 実はこれ、彼のブレイクの裏に「日本」が深く関わっているからなんです。

地元チェコでくすぶっていた20代のムハは、まだ自分のスタイルが見つかっておらず、どこにでもお堅くて暗い、普通の絵を描いていました。ハッキリ言って、当時は全然売れていません(笑)。

一度はウィーンに出るものの、働いていた職場が火事で全焼して一文無しに。命からがら南モラヴィアの街「ミクロフ」に流れ着きます。

そこで地元の人の似顔絵を描いてギリギリ食いつないでいたところ、彼のデッサンの上手さに目を留めた地元の貴族(伯爵)がパトロンになってくれたんです。「お前、見所あるから留学してこい!」と、学費を全額おごってくれるという超太っ腹展開。

このミクロフでの奇跡の出会いがなければ、ムハは一生、ただの地方の絵描きで終わっていたかもしれません。

そして伯爵のお金で渡ったパリで、ムハは当時ヨーロッパで大ブームだった「日本の浮世絵(ジャポニスム)」に遭遇します。

浮世絵のくっきりした輪郭線や縦長の構図に「これだ!」と大衝撃を受けたムハは、それまでのお堅い西洋絵画のルールを全部捨てて、あのポップで華やかな「ムハ・スタイル」を爆誕させました。

つまり、ミクロフのパトロンが背中を押し、パリで出会った日本のデザインDNAが彼の才能を完全に開花させた、というわけです。私たちがムハの絵を見て「大好き!」となるのは、もともと日本の遺伝子が入っているからなんですね。

そう考えると、日本との深い縁を感じるムハが、晩年に故郷チェコに戻って残した最高傑作のステンドグラスを、こうして現地で間近に見られるのって、なんだかすごく贅沢なことだなぁとしみじみ思います。

久しぶりにベタな観光コースを歩くと、新しい発見と、時代の変化をいろいろと感じますね。とりあえず、この急激な暑さでバテないように、みなさんも冷たいピルスナーで水分補給しつつ、気をつけてお過ごしください!


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